居眠り半睡の「とほほ」な生活~^^!

居眠り半睡のとほほな生活~^^!
<   2008年 11月 ( 96 )   > この月の画像一覧
【問】ふるき もの>こんな~ん!@江戸を歩く

ふるき もの>こんな~ん!@江戸を歩く


 


こんな~ん!?あるものに、ついていました。


    


ヒント


 


 水戸黄門(TBS)  



 


うちわ絵広告宝丹良香丹天子丸清神丹


のほかに小間物や時計を輸入して販売していた店うちわ絵広告。


眼鏡やランプ、洋傘・靴にまじっての袋も描かれている。


  



         輸出用のポスター!(1945) 仁丹清涼


 


  

c0328479_22101126.gif


 根付風ですが・・・!!


 だれかさんの背にだれかさん・・・!


 


 こんな~ん!? 問題ですぇ!?


   仁丹入れ ×ブッブ~


[PR]
by inemuri_hansui | 2008-11-30 14:13 | 時代小説 | Comments(0)
【問】ふるき もの>こんな~ん!@江戸を歩く

ふるき もの>こんな~ん!@江戸を歩く


 


こんな~ん!?あるものに、ついていました。


    


ヒント


 


 水戸黄門(TBS)  



 


うちわ絵広告宝丹良香丹天子丸清神丹


のほかに小間物や時計を輸入して販売していた店うちわ絵広告。


眼鏡やランプ、洋傘・靴にまじっての袋も描かれている。


  



         輸出用のポスター!(1945) 仁丹清涼


 


  

c0328479_1911413.gif


 根付風ですが・・・!!


 だれかさんの背にだれかさん・・・!


 


 こんな~ん!? 問題ですぇ!?


   仁丹入れ ×ブッブ~


[PR]
by inemuri_hansui | 2008-11-30 14:13 | 時代小説 | Comments(0)
【問】ふるき もの>こんな~ん!@江戸を歩く

ふるき もの>こんな~ん!@江戸を歩く


 


こんな~ん!?あるものに、ついていました。


    


ヒント


 


 水戸黄門(TBS)  



 


うちわ絵広告宝丹良香丹天子丸清神丹


のほかに小間物や時計を輸入して販売していた店うちわ絵広告。


眼鏡やランプ、洋傘・靴にまじっての袋も描かれている。


  



         輸出用のポスター!(1945) 仁丹清涼


 


  

c0328479_17101544.gif


 根付風ですが・・・!!


 だれかさんの背にだれかさん・・・!


 


 こんな~ん!? 問題ですぇ!?


   仁丹入れ ×ブッブ~


[PR]
by inemuri_hansui | 2008-11-30 14:13 | 時代小説 | Comments(0)
【問】ふるき もの>こんな~ん!@江戸を歩く

ふるき もの>こんな~ん!@江戸を歩く


 


こんな~ん!?あるものに、ついていました。


    


ヒント


 


 水戸黄門(TBS)  



 


うちわ絵広告宝丹良香丹天子丸清神丹


のほかに小間物や時計を輸入して販売していた店うちわ絵広告。


眼鏡やランプ、洋傘・靴にまじっての袋も描かれている。


  



         輸出用のポスター!(1945) 仁丹清涼


 


  

c0328479_10103769.gif


 根付風ですが・・・!!


 だれかさんの背にだれかさん・・・!


 


 こんな~ん!? 問題ですぇ!?


   仁丹入れ ×ブッブ~


[PR]
by inemuri_hansui | 2008-11-30 14:13 | 時代小説 | Comments(0)
【読】「町」の読みは「マチ?」・「チョウ?」@時代小説

江戸のしくみ」の読みは「マチ?」・「チョウ?」





 


江戸には多くの「」があったが、「マチ」と読む場合と

チョウ(チャウ)」と読んだ場合とがある。

 

 現在も小川町(オガワマチ)、馬喰町(バクロウチョウ)などと

使い分けられている。


 


なぜなのだろう!?。五択問題です。(答えは一番最後に!)


 


.「マチ」と読むのが正解。「チョウ」は「」と混同した読み方。


 


.町人の住む土地を「チョウ」と読んで、武家地である「マチ」と区別した。


 


.番町(バンチョウ)など、旗本が住んでいた武家地を「チョウ」と呼んだ。


 


.明確な基準などない。読みやすさで決まっていた。


 


.徳川御入国当時の庶民の集落の多くは「マチ」と呼ばれていた。

  麹町(コウジマチ)・飯田町(イイダマチ)がその例。


 

c0328479_22101826.jpg


 


江戸創世記の町




 徳川家康御入国当時の江戸城周辺の集落は「ムラ」か「マチ」であった。

つまり、小田原を本拠とする北条氏の表現では、町は「マチ」であった。

 実例としては、江戸城直下の現在は皇居外苑の場所には、祝田橋交差点の

地名に残る海岸集落の、祝田町(いわいだまち)、宝田町(たからだまち)、

千代田町(ちよだまち)の三町があった。

 その後この三ヵ町は、城郭拡張のためにすべて現在の中央区内に移され、

祝田町は南伝馬町(みなみでんまちょう)、宝田町は大伝馬町(おおでんまちょう)、

千代田町は小伝馬町(こでんまちょう)と改称された。


 


 また甲州道中沿いの国府路町(こふじまち)、現在の麹町(こうじまち)、

上州口ともいわれた現在の飯田橋(元は飯田町)も、北条時代の「」であった。

 その後、公儀が主に関西から「町(まち)」を招いて、江戸が大都市化すると、

「町(まち)」は《○○町(ちょう)》と呼ばれるようになったが、北条時代からの


古い町(まち)は古町(こまち)と称されて、もとの呼び方を尊重されて残った。


 


 徳川幕府の開闢(かいびゃく)時、初代・家康、二代・秀忠の代にかけて江戸に

移住してきた者たちで、古町町人(こまちちょうにん)と呼ばれていた。


 古町町人の多くは、芝口(しばぐち)から筋違見附(じちがいみつけ)にかけて

住み、いろいろな特権を与えられていた。古町の中でも特に角屋敷に住む町人は

御目見(おみみえ)屋敷と称され、年賀、将軍家の婚礼、嫡男誕生の慶事には、

将軍拝顔を許されていた。



江戸行政組織の呼び方(マチチョウ)


 


 地主=町人(ちょうにん)の連合体であった「町(まち)」を管轄したのが、

旗本が任命された町奉行(まちぶぎょう)。その奉行と直接交渉したのが

「町人(ちょうにん)代表」としての、世襲三家の町年寄(まちとしより)、

奈良屋のちの館屋(たてや)、樽屋(たるや)、喜多村家(きたむらけ)で、

日本橋一丁目から三丁目に、各自の役所を持って市政(町政)に参与した。


 


 町名以外には町触(まちぶれ:町人向けの法令)、町入用(まちにゅうよう

租税負担)、町屋敷(まちやしき)、町火消(まちびけし)など《まち》と呼ぶ

場合が多い。町役人(まちやくにん:家主など)が、町内(ちょうない)の

事務を執行するなどという「重箱(じゅうばこ)読み」も多かったのである。


 


  

c0328479_22101126.gif


正解は、


町人の住む土地を「チョウ」と読んで、武家地である「マチ」と区別した。・・・でした。


 


引用参照




えどちりQuestion  其の2  江戸のしくみ編  ものしりミニシリーズ 

鈴木 理生 著  出版:人文社

税込価格:¥1,260 (本体:¥1,200) サイズ:22cm / 111p

ISBN : 978-4-7959-1992-1  発行年月:2008.08


[PR]
by inemuri_hansui | 2008-11-29 12:48 | 時代小説 | Comments(0)
【読】「町」の読みは「マチ?」・「チョウ?」@時代小説

江戸のしくみ」の読みは「マチ?」・「チョウ?」





 


江戸には多くの「」があったが、「マチ」と読む場合と

チョウ(チャウ)」と読んだ場合とがある。

 

 現在も小川町(オガワマチ)、馬喰町(バクロウチョウ)などと

使い分けられている。


 


なぜなのだろう!?。五択問題です。(答えは一番最後に!)


 


.「マチ」と読むのが正解。「チョウ」は「」と混同した読み方。


 


.町人の住む土地を「チョウ」と読んで、武家地である「マチ」と区別した。


 


.番町(バンチョウ)など、旗本が住んでいた武家地を「チョウ」と呼んだ。


 


.明確な基準などない。読みやすさで決まっていた。


 


.徳川御入国当時の庶民の集落の多くは「マチ」と呼ばれていた。

  麹町(コウジマチ)・飯田町(イイダマチ)がその例。


 

c0328479_1911114.jpg


 


江戸創世記の町




 徳川家康御入国当時の江戸城周辺の集落は「ムラ」か「マチ」であった。

つまり、小田原を本拠とする北条氏の表現では、町は「マチ」であった。

 実例としては、江戸城直下の現在は皇居外苑の場所には、祝田橋交差点の

地名に残る海岸集落の、祝田町(いわいだまち)、宝田町(たからだまち)、

千代田町(ちよだまち)の三町があった。

 その後この三ヵ町は、城郭拡張のためにすべて現在の中央区内に移され、

祝田町は南伝馬町(みなみでんまちょう)、宝田町は大伝馬町(おおでんまちょう)、

千代田町は小伝馬町(こでんまちょう)と改称された。


 


 また甲州道中沿いの国府路町(こふじまち)、現在の麹町(こうじまち)、

上州口ともいわれた現在の飯田橋(元は飯田町)も、北条時代の「」であった。

 その後、公儀が主に関西から「町(まち)」を招いて、江戸が大都市化すると、

「町(まち)」は《○○町(ちょう)》と呼ばれるようになったが、北条時代からの


古い町(まち)は古町(こまち)と称されて、もとの呼び方を尊重されて残った。


 


 徳川幕府の開闢(かいびゃく)時、初代・家康、二代・秀忠の代にかけて江戸に

移住してきた者たちで、古町町人(こまちちょうにん)と呼ばれていた。


 古町町人の多くは、芝口(しばぐち)から筋違見附(じちがいみつけ)にかけて

住み、いろいろな特権を与えられていた。古町の中でも特に角屋敷に住む町人は

御目見(おみみえ)屋敷と称され、年賀、将軍家の婚礼、嫡男誕生の慶事には、

将軍拝顔を許されていた。



江戸行政組織の呼び方(マチチョウ)


 


 地主=町人(ちょうにん)の連合体であった「町(まち)」を管轄したのが、

旗本が任命された町奉行(まちぶぎょう)。その奉行と直接交渉したのが

「町人(ちょうにん)代表」としての、世襲三家の町年寄(まちとしより)、

奈良屋のちの館屋(たてや)、樽屋(たるや)、喜多村家(きたむらけ)で、

日本橋一丁目から三丁目に、各自の役所を持って市政(町政)に参与した。


 


 町名以外には町触(まちぶれ:町人向けの法令)、町入用(まちにゅうよう

租税負担)、町屋敷(まちやしき)、町火消(まちびけし)など《まち》と呼ぶ

場合が多い。町役人(まちやくにん:家主など)が、町内(ちょうない)の

事務を執行するなどという「重箱(じゅうばこ)読み」も多かったのである。


 


  

c0328479_1911413.gif


正解は、


町人の住む土地を「チョウ」と読んで、武家地である「マチ」と区別した。・・・でした。


 


引用参照




えどちりQuestion  其の2  江戸のしくみ編  ものしりミニシリーズ 

鈴木 理生 著  出版:人文社

税込価格:¥1,260 (本体:¥1,200) サイズ:22cm / 111p

ISBN : 978-4-7959-1992-1  発行年月:2008.08


[PR]
by inemuri_hansui | 2008-11-29 12:48 | 時代小説 | Comments(0)
【読】「町」の読みは「マチ?」・「チョウ?」@時代小説

江戸のしくみ」の読みは「マチ?」・「チョウ?」





 


江戸には多くの「」があったが、「マチ」と読む場合と

チョウ(チャウ)」と読んだ場合とがある。

 

 現在も小川町(オガワマチ)、馬喰町(バクロウチョウ)などと

使い分けられている。


 


なぜなのだろう!?。五択問題です。(答えは一番最後に!)


 


.「マチ」と読むのが正解。「チョウ」は「」と混同した読み方。


 


.町人の住む土地を「チョウ」と読んで、武家地である「マチ」と区別した。


 


.番町(バンチョウ)など、旗本が住んでいた武家地を「チョウ」と呼んだ。


 


.明確な基準などない。読みやすさで決まっていた。


 


.徳川御入国当時の庶民の集落の多くは「マチ」と呼ばれていた。

  麹町(コウジマチ)・飯田町(イイダマチ)がその例。


 

c0328479_17101517.jpg


 


江戸創世記の町




 徳川家康御入国当時の江戸城周辺の集落は「ムラ」か「マチ」であった。

つまり、小田原を本拠とする北条氏の表現では、町は「マチ」であった。

 実例としては、江戸城直下の現在は皇居外苑の場所には、祝田橋交差点の

地名に残る海岸集落の、祝田町(いわいだまち)、宝田町(たからだまち)、

千代田町(ちよだまち)の三町があった。

 その後この三ヵ町は、城郭拡張のためにすべて現在の中央区内に移され、

祝田町は南伝馬町(みなみでんまちょう)、宝田町は大伝馬町(おおでんまちょう)、

千代田町は小伝馬町(こでんまちょう)と改称された。


 


 また甲州道中沿いの国府路町(こふじまち)、現在の麹町(こうじまち)、

上州口ともいわれた現在の飯田橋(元は飯田町)も、北条時代の「」であった。

 その後、公儀が主に関西から「町(まち)」を招いて、江戸が大都市化すると、

「町(まち)」は《○○町(ちょう)》と呼ばれるようになったが、北条時代からの


古い町(まち)は古町(こまち)と称されて、もとの呼び方を尊重されて残った。


 


 徳川幕府の開闢(かいびゃく)時、初代・家康、二代・秀忠の代にかけて江戸に

移住してきた者たちで、古町町人(こまちちょうにん)と呼ばれていた。


 古町町人の多くは、芝口(しばぐち)から筋違見附(じちがいみつけ)にかけて

住み、いろいろな特権を与えられていた。古町の中でも特に角屋敷に住む町人は

御目見(おみみえ)屋敷と称され、年賀、将軍家の婚礼、嫡男誕生の慶事には、

将軍拝顔を許されていた。



江戸行政組織の呼び方(マチチョウ)


 


 地主=町人(ちょうにん)の連合体であった「町(まち)」を管轄したのが、

旗本が任命された町奉行(まちぶぎょう)。その奉行と直接交渉したのが

「町人(ちょうにん)代表」としての、世襲三家の町年寄(まちとしより)、

奈良屋のちの館屋(たてや)、樽屋(たるや)、喜多村家(きたむらけ)で、

日本橋一丁目から三丁目に、各自の役所を持って市政(町政)に参与した。


 


 町名以外には町触(まちぶれ:町人向けの法令)、町入用(まちにゅうよう

租税負担)、町屋敷(まちやしき)、町火消(まちびけし)など《まち》と呼ぶ

場合が多い。町役人(まちやくにん:家主など)が、町内(ちょうない)の

事務を執行するなどという「重箱(じゅうばこ)読み」も多かったのである。


 


  

c0328479_17101544.gif


正解は、


町人の住む土地を「チョウ」と読んで、武家地である「マチ」と区別した。・・・でした。


 


引用参照




えどちりQuestion  其の2  江戸のしくみ編  ものしりミニシリーズ 

鈴木 理生 著  出版:人文社

税込価格:¥1,260 (本体:¥1,200) サイズ:22cm / 111p

ISBN : 978-4-7959-1992-1  発行年月:2008.08


[PR]
by inemuri_hansui | 2008-11-29 12:48 | 時代小説 | Comments(0)
【読】「町」の読みは「マチ?」・「チョウ?」@時代小説

江戸のしくみ」の読みは「マチ?」・「チョウ?」





 


江戸には多くの「」があったが、「マチ」と読む場合と

チョウ(チャウ)」と読んだ場合とがある。

 

 現在も小川町(オガワマチ)、馬喰町(バクロウチョウ)などと

使い分けられている。


 


なぜなのだろう!?。五択問題です。(答えは一番最後に!)


 


.「マチ」と読むのが正解。「チョウ」は「」と混同した読み方。


 


.町人の住む土地を「チョウ」と読んで、武家地である「マチ」と区別した。


 


.番町(バンチョウ)など、旗本が住んでいた武家地を「チョウ」と呼んだ。


 


.明確な基準などない。読みやすさで決まっていた。


 


.徳川御入国当時の庶民の集落の多くは「マチ」と呼ばれていた。

  麹町(コウジマチ)・飯田町(イイダマチ)がその例。


 

c0328479_1011717.jpg


 


江戸創世記の町




 徳川家康御入国当時の江戸城周辺の集落は「ムラ」か「マチ」であった。

つまり、小田原を本拠とする北条氏の表現では、町は「マチ」であった。

 実例としては、江戸城直下の現在は皇居外苑の場所には、祝田橋交差点の

地名に残る海岸集落の、祝田町(いわいだまち)、宝田町(たからだまち)、

千代田町(ちよだまち)の三町があった。

 その後この三ヵ町は、城郭拡張のためにすべて現在の中央区内に移され、

祝田町は南伝馬町(みなみでんまちょう)、宝田町は大伝馬町(おおでんまちょう)、

千代田町は小伝馬町(こでんまちょう)と改称された。


 


 また甲州道中沿いの国府路町(こふじまち)、現在の麹町(こうじまち)、

上州口ともいわれた現在の飯田橋(元は飯田町)も、北条時代の「」であった。

 その後、公儀が主に関西から「町(まち)」を招いて、江戸が大都市化すると、

「町(まち)」は《○○町(ちょう)》と呼ばれるようになったが、北条時代からの


古い町(まち)は古町(こまち)と称されて、もとの呼び方を尊重されて残った。


 


 徳川幕府の開闢(かいびゃく)時、初代・家康、二代・秀忠の代にかけて江戸に

移住してきた者たちで、古町町人(こまちちょうにん)と呼ばれていた。


 古町町人の多くは、芝口(しばぐち)から筋違見附(じちがいみつけ)にかけて

住み、いろいろな特権を与えられていた。古町の中でも特に角屋敷に住む町人は

御目見(おみみえ)屋敷と称され、年賀、将軍家の婚礼、嫡男誕生の慶事には、

将軍拝顔を許されていた。



江戸行政組織の呼び方(マチチョウ)


 


 地主=町人(ちょうにん)の連合体であった「町(まち)」を管轄したのが、

旗本が任命された町奉行(まちぶぎょう)。その奉行と直接交渉したのが

「町人(ちょうにん)代表」としての、世襲三家の町年寄(まちとしより)、

奈良屋のちの館屋(たてや)、樽屋(たるや)、喜多村家(きたむらけ)で、

日本橋一丁目から三丁目に、各自の役所を持って市政(町政)に参与した。


 


 町名以外には町触(まちぶれ:町人向けの法令)、町入用(まちにゅうよう

租税負担)、町屋敷(まちやしき)、町火消(まちびけし)など《まち》と呼ぶ

場合が多い。町役人(まちやくにん:家主など)が、町内(ちょうない)の

事務を執行するなどという「重箱(じゅうばこ)読み」も多かったのである。


 


  

c0328479_10103769.gif


正解は、


町人の住む土地を「チョウ」と読んで、武家地である「マチ」と区別した。・・・でした。


 


引用参照




えどちりQuestion  其の2  江戸のしくみ編  ものしりミニシリーズ 

鈴木 理生 著  出版:人文社

税込価格:¥1,260 (本体:¥1,200) サイズ:22cm / 111p

ISBN : 978-4-7959-1992-1  発行年月:2008.08


[PR]
by inemuri_hansui | 2008-11-29 12:48 | 時代小説 | Comments(0)
【食】かき・カキ・柿!@おいしいもの

かきカキ甘柿干し柿


栄養豊富・薬効がたっぷりの秋の味覚


 



 


かきカキ・甘柿・干し柿  身体に効く栄養成分・食材・調理方法


 


プロビタミンCとビタミンAが豊富


  栄養面での特徴は、ビタミンCが豊富なことでしょう。

 正確にいえば、プロビタミンCという、ビタミンCの前駆物質で、

 これが100g中1gも含まれています。

  プロビタミンCは体内に吸収されるとビタミンCとなって働きます。

 大きめのなら、1個食べるだけで、ほぼ1日のの必要量を満たします。

 また、ほかのくだものには少ない、ビタミンAも多く、とくに干し柿

 場合だと、生のものの2倍もAが含まれています。ただし、干し柿にすると、

 は失われてしまいます。


 



 


食べ方のヒント


  そのまま食べるのがいちばんおいしい食べ方ですが、ますサラダに加えたり、

 あえ物にしてもおつなものです。若葉はおひたし、ごまあえ、てんぷらなどに利用

 できます。

  また、白菜の漬け物に、柿の皮をいっしょに漬けると、甘みのあるおいしい

 白菜漬けができます。

  には多くの品種がありますが、旬はどれでもだいたい10~11月です。

 甘柿の王様は富有柿で、次郎柿がそれにつぎます。


 


 


 


お買い物・材料選びのポイント


  渋柿の代表は平たくて種のない平核無柿(ヒラタネナシ)や、細長く先端のとがった

 蜂屋柿などです。

  おいしい見分け方は、皮の色とつやに注目します。

  実はかためで、ヘたも緑色で、しっかりついているものなら安心です。干し柿は、

 表面に白い粉のふいているものを選びましょう。


 


 


 


二日酔いの防止や、かぜの予防に抜群の効果


  昔から、「くなると医者くなる」といわれるほど、柿は健康食品として

 すぐれた薬効を発揮します。

  まず有名なところでは、二日酔いの防止。これは、柿に酒の酔いをさます働きが

 あるからで、お酒を飲む前に 生の柿を1~2個食べて おくと、悪酔いを防ぎます。


  二日酔で気分のすぐれないときも、よく熟した甘柿を1個食べると、アルコールが

 抜けて気分がスッキリします。ビタミンC肝臓の働きを助け、解毒を促すからでしょう。

  ただし、の乏しい干し柿では効果はありません。

 乗りもの酔いにも、柿を食べるといいといわれます。


 


 


治す・防ぐ


 二日酔い、風邪、夜尿症、高血圧、やけど、かぶれ、しもやけ、痔、虫刺され、歯痛など

 

  晩秋、木枯らしが吹き始めるころ、柿は最盛期を迎えます。このころはかぜをひきやすい

 時期でもありますが、 毎日柿を食べていれば、かぜの予防になります。

  これは、ビタミンが、ウイルスに対する抵抗力を高め、のどなどの粘膜を強くして

 くれるからです。ただし食べすぎると、かえって害になることがあるので、注意してください。

  とくに空腹時にたくさん食べると、消化不良をおこしたり、便秘の原因になったりします

 ので1日に1~2個が 適量です。


  また、タンニンが体内で鉄と結合して、鉄分の吸収を妨げますので、貧血症の人は

 ひかえたほうがいいでしょう。


 



柿なますの作り方

 大根の皮をむいておろし金でおろし、さっと汁をしぼってボールに入れる。

 干し柿はヘタをとり、表面をぬれぶきんで拭いてから細かく切る。

 切った干し柿、砂糖、酢、塩を1に入れ、混ぜる。

 味がなじむまで、一晩おいておく。

 干し柿の甘さが出てきたら食べ頃。


※昔は、大根は粗めにおろすことが多かったようである。


[PR]
by inemuri_hansui | 2008-11-27 23:25 | 江戸を歩く | Comments(0)
【食】かき・カキ・柿!@おいしいもの

かきカキ甘柿干し柿


栄養豊富・薬効がたっぷりの秋の味覚


 



 


かきカキ・甘柿・干し柿  身体に効く栄養成分・食材・調理方法


 


プロビタミンCとビタミンAが豊富


  栄養面での特徴は、ビタミンCが豊富なことでしょう。

 正確にいえば、プロビタミンCという、ビタミンCの前駆物質で、

 これが100g中1gも含まれています。

  プロビタミンCは体内に吸収されるとビタミンCとなって働きます。

 大きめのなら、1個食べるだけで、ほぼ1日のの必要量を満たします。

 また、ほかのくだものには少ない、ビタミンAも多く、とくに干し柿

 場合だと、生のものの2倍もAが含まれています。ただし、干し柿にすると、

 は失われてしまいます。


 



 


食べ方のヒント


  そのまま食べるのがいちばんおいしい食べ方ですが、ますサラダに加えたり、

 あえ物にしてもおつなものです。若葉はおひたし、ごまあえ、てんぷらなどに利用

 できます。

  また、白菜の漬け物に、柿の皮をいっしょに漬けると、甘みのあるおいしい

 白菜漬けができます。

  には多くの品種がありますが、旬はどれでもだいたい10~11月です。

 甘柿の王様は富有柿で、次郎柿がそれにつぎます。


 


 


 


お買い物・材料選びのポイント


  渋柿の代表は平たくて種のない平核無柿(ヒラタネナシ)や、細長く先端のとがった

 蜂屋柿などです。

  おいしい見分け方は、皮の色とつやに注目します。

  実はかためで、ヘたも緑色で、しっかりついているものなら安心です。干し柿は、

 表面に白い粉のふいているものを選びましょう。


 


 


 


二日酔いの防止や、かぜの予防に抜群の効果


  昔から、「くなると医者くなる」といわれるほど、柿は健康食品として

 すぐれた薬効を発揮します。

  まず有名なところでは、二日酔いの防止。これは、柿に酒の酔いをさます働きが

 あるからで、お酒を飲む前に 生の柿を1~2個食べて おくと、悪酔いを防ぎます。


  二日酔で気分のすぐれないときも、よく熟した甘柿を1個食べると、アルコールが

 抜けて気分がスッキリします。ビタミンC肝臓の働きを助け、解毒を促すからでしょう。

  ただし、の乏しい干し柿では効果はありません。

 乗りもの酔いにも、柿を食べるといいといわれます。


 


 


治す・防ぐ


 二日酔い、風邪、夜尿症、高血圧、やけど、かぶれ、しもやけ、痔、虫刺され、歯痛など

 

  晩秋、木枯らしが吹き始めるころ、柿は最盛期を迎えます。このころはかぜをひきやすい

 時期でもありますが、 毎日柿を食べていれば、かぜの予防になります。

  これは、ビタミンが、ウイルスに対する抵抗力を高め、のどなどの粘膜を強くして

 くれるからです。ただし食べすぎると、かえって害になることがあるので、注意してください。

  とくに空腹時にたくさん食べると、消化不良をおこしたり、便秘の原因になったりします

 ので1日に1~2個が 適量です。


  また、タンニンが体内で鉄と結合して、鉄分の吸収を妨げますので、貧血症の人は

 ひかえたほうがいいでしょう。


 



柿なますの作り方

 大根の皮をむいておろし金でおろし、さっと汁をしぼってボールに入れる。

 干し柿はヘタをとり、表面をぬれぶきんで拭いてから細かく切る。

 切った干し柿、砂糖、酢、塩を1に入れ、混ぜる。

 味がなじむまで、一晩おいておく。

 干し柿の甘さが出てきたら食べ頃。


※昔は、大根は粗めにおろすことが多かったようである。


[PR]
by inemuri_hansui | 2008-11-27 23:25 | 江戸を歩く | Comments(0)


by 居眠り半睡
プロフィールを見る
画像一覧
カテゴリ
以前の記事
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 05月
2017年 01月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
外部リンク
最新のコメント
 おはようございます。 ..
by inkyo at 09:28
おはようございます ..
by ToroTamaMaguro at 09:28
おはようございます。 ..
by one0522 at 06:44
 おはようございます。 ..
by inkyo at 09:01
こんにちは。 大昔..
by one0522 at 07:29
おはようございます お..
by ToroTamaMaguro at 06:42
とろたまさま・ご隠居さま..
by 居眠り半睡 at 23:54
こんにちは。 とう..
by one0522 at 09:37
 おはようございます。 ..
by inkyo at 08:59
こんにちわ 明日か..
by ToroTamaMaguro at 13:16
検索
タグ
ブログパーツ
最新の記事
ファン
ブログジャンル
画像一覧